歴史1

物理学に、力学や電磁気学、もっと進んで量子力学相対性理論があるように、人間の歴史にも理論がある。素人から見ても、これは歴史学標準模型と呼んでよいのではないかと思う。

素粒子物理学における標準模型の基本要素はクォークレプトン、光子などの素粒子であり、それは質量とスピン(あと電荷とか色とか)で分類されるが、この歴史学の”標準模型“において基本要素と呼ぶべきものは家族であり(個人ではない)、そしてそれは家族内の縦と横の関係により分類される。縦とは親子関係のことであり、横とは兄弟関係のことである。

大雑把なモデルとして、次のような指標を用いる。まず親子関係を、“権威”か“自由”かで分類する。これは、成人した子がその後もその家に留まる(権威)か、家を出て別居するか(自由)で区別される。また兄弟関係は、“平等”か“不平等”で分類される。これは遺産相続が平等か否かで区別される。

これは非常に大雑把な議論であって、本当はもう少し細かく分けられるのだが、ともかく以上の分類を用いて世界地図を(権威,自由)×(平等,不平等)の4色で塗り分けることが出来る(これは歴史家の地道な資料集めにより可能になったことだ)。各類型に属する国を古今東西問わず挙げてみると

 


(1)権威かつ平等(共同体家族)…ロシア、中国、モンゴル、ベトナムキューバ、旧ユーゴスラビア

(2)権威かつ不平等(直系家族)…日本、ドイツ、ユダヤアテネ

(3)自由かつ平等(平等主義核家族)…フランス

(4)自由かつ不平等(絶対核家族)…イギリス、アメリ

 


という感じになる。実はもうこの段階で、非常に面白い議論をいくつも展開することが可能になっている。抜粋して紹介しよう。

 


まず(1)は、以後共同体家族と呼ぶが、見るからに共産主義を思い出させる。上記の分類において指標とされたのは親子・兄弟間の関係だけであって、政治的な内容は一切考慮されていないにも拘らず、塗り分けられた世界地図には政治的な特徴が浮かび上がってきてしまうのである。これがこの理論の面白いところである。もちろんこれは決して偶然ではない。というのは、「強い政治的権力のもとで平等な国民」という共産主義の特徴は、「権威かつ平等、つまり強い親のもとでの兄弟間の平等」という(1)の家族の性質とそのまま重なるからである。注意すべきなのは、もともと共同体家族が根強い地域であったから、それと相性の良い共産主義思想が広く受け入れられたのであって、その逆ではない、ということである。実際、主義思想が掲げられる何百年も前から、この地域では共同体家族が広まっていたのである。

 


(2)は直系家族と呼ばれるもので、兄弟関係が平等的でない点で上の共同体家族と異なる。例えば、長男がすべての遺産(土地)を譲り受け家系を紡いでいくという習慣は長子相続と呼ばれ、日本でもよく知られたものである。直系家族が支配的な国や地域では、平等という観点に無頓着であること、縦型の身分階層が存在することなどが特徴的である。例を挙げるならば、インドのカースト制度、目上を敬えという古代中国の儒家思想、ユダヤ教における選民思想、ドイツで発生したプロテスタントによる予定説(神に救われる者は一部の人間のみであり、予め決まっていて抗えない)などはいずれも直系家族の特徴として典型的なものである。

 


(3)、(4)はいずれも核家族と呼ばれるもので、3世代以上で同居することはなく、一組の夫婦とその子供のみで構成される。成人後の子供がみな独立していくからである(それが“自由”の定義だ)。核家族地域では、上の共同体家族や直系家族と比べ工業化が促されやすい。成人後も子の一部あるいは全員がその家に留まる共同体家族・直系家族と違って、核家族では成人した子はその家から出て行くため、農村部から都市部への人口流入を妨げないからである。実際、産業革命はイギリスで起こった。ドイツではない。

 


しかし、平等という観点を巡って(3)の平等主義核家族と(4)の絶対核家族に分かれる。それぞれの主な国としてフランスとイギリスを挙げ、その対比で考えてみる。

 


フランスは自由と平等の国である。18世期に起きたフランス革命では自由と平等の両方が掲げられたし、それを起源として今でも「自由、平等、友愛」という標語が認められている。これはこの地域で、成人後の子がみな独立し、かつ兄弟間での遺産相続が平等的であるという家族の習慣に由来するからだ。

 


一方のイギリスは、自由という価値観は有するもののフランスほど平等にこだわってはいない。現にこの国の標語は「神と我が権利」であり、平等という言葉は見られない。イギリスでは、遺産相続の平等性は一般的ではないのである。

 


以上が、各類型の主な特徴である。今回は簡潔な紹介になってしまったが、この理論の底力はこんなものではない。惚れ惚れするほど凄まじい柔軟性を持つのである。

 


それはまたおいおい述べるとして、最後に参考文献を挙げておくと、

 


エマニュエル・トッド

『世界の多様性』『新ヨーロッパ大全I,II』『家族システムの起源 上,下』

 


などである。