超弦のための特殊相対論2 テンソル
相対論で重要になるテンソルについて述べる。これは一見、添字が多く複雑に思えるが、実は方程式を見通しよく記述してくれる非常に良い性質を持っている。 以降と表す。こうすると、たとえば
と書ける。さて、というベクトルは、基底ベクトルを用いて
と表せる。本稿では、アルファベットの添字はのいずれか、ギリシャ文字の添字はのいずれかを表すとする。 さて、同一のベクトルを異なる座標系で見ても、同じものを見ているのだからとなるはずである。しかし、成分と基底ベクトルはそれぞれ座標変換で変わる。 規格化していない基底ベクトルは と表せるから、偏微分の連鎖律より、 と変換する。 この座標変換を逆に見れば、当然 も成り立っていて、これと式(15)から という変換則もわかる。のような変換をするものを反変ベクトルといい、基底ベクトルのような変換をするものを共変ベクトルという。
一方、はローレンツ変換のもとで値が変わらなかった、このように、どの座標系で見ても値の変わらない量をスカラーという。つまり
スカラーや、ベクトルを一般化した概念がテンソルである。スカラーは0階のテンソルであり、反変(or共変)ベクトルは反変一階テンソル(or共変一階テンソル)である。 他にも、たとえば二階の共変テンソルの変換則は、座標変換で
である。
テンソルの何がすごいか
実はこのテンソルを使うと、座標系に依らない形で方程式を書くことができる。 たとえばいま、ある座標系で、なんらかの方程式を
というテンソル方程式で書けたとする。これは運動方程式でもマクスウェル方程式でもなんでもよいのだが、とにかく両辺がテンソルで書かれている。 さてこの式は という形にも書ける。 実はもうこの時点で、相対性原理が成立するのはほとんど自明になっている。というのは、いま別の座標系でのこのテンソルを とすれば、テンソルの変換則より となるが、は全成分ゼロだから、それをいくら足し合わせてもゼロのままである。つまり が成り立つ。つまりテンソル方程式は座標系に依らずに成立する。超弦のための特殊相対論1 光速不変とブースト
光速不変の原理
まず初めに、光速不変の原理から、ローレンツブーストと呼ばれる座標変換を導く。 光速不変の原理とは次のような要請のことである: ある座標系Sで光の速さがであったとき、Sに対し、方向に一定速度 で運動する座標系Sから見ても光の速さはである(に依らない)。
直感的には、Sでの光の速さはとなりそうなものだが、現実世界はそうはなっていないのである。これは非常に奇妙に思えるが、100年以上前に紆余曲折を経て提案され、実験でもよく確かめられているものである。また、この要請により電磁気学と古典力学が矛盾なく結ばれるようにもなる。ここでは原理として要請しておく。 この原理が何を意味するかというと、慣れ親しんだガリレイ変換は近似的にしか成り立っておらず、実はもっと一般的に成立する変換則が存在する、ということである。
ローレンツブースト
ではそのような変換則の形を求めてみる。 Sの座標をとし、Sの座標をとする。時刻で両座標系の原点が重なるとし、重なった瞬間にそこから球状に光を放射するとする。 光速不変の原理より、どちらの座標系でも光の速さはに見える。またそれぞれの座標系において、光の波面は
で表される。そこで、これを組み合わせて次のように書く。
ここで
を仮定すると、
これを満たすような変換則を求めればよい。もちろんガリレイ変換はこれを満たさない。この座標変換は、適当な行列を用いて
と書ける(これ以外の形、たとえばの2乗の項などが入ってくると、先の等式が満たせない)。また、ととをそれぞれ同時に入れ替える対称性があることに注意すると、変換行列が上のような形でなければならない。
両座標系の関係を特徴づけているは、X系の原点がX系から離れる速度である。X系の原点はであり、この点はX系からはと表されるから、
と書ける。よって
となる。 また、
よりが求められる。 結局座標変換は
別々に書くと
という形をしていることが導かれる。これはローレンツブーストと呼ばれる。
座標間の速度が光速に比べ十分小さいときにはガリレイ変換に帰着することも分かる。つまり、この世界で本当に正しいのはローレンツ変換であるものの、これまでは座標間の速度が小さかったので、ガリレイ変換で事足りていたということである。
このブログのこれから
長らく放置してきた当ブログですが、ついに再起動のときが来たようです。
内容としては弦理論の解説記事、およびその解説に用いられている予備知識の解説、というのが主になると思います。
その予備知識とは?弦理論は一般相対論と量子力学を矛盾なく融合できると期待されており、したがって一般相対論と量子力学がまず必要(特殊はもちろんのこと)。それから場の量子論の手法もいくつか使うことがあるのでそれも。といってもそんなに大量にはならないと思っています(おそらく、それぞれ数十ページずつくらい?)。弦理論の入門には膨大な予備知識が要ると思われていそうですし、僕も以前はそう思っていましたが、今はそれほど進んだ知識がなくても十分学習を楽しめるものである、と考えるようになりました。予備知識としてどうしても必要なものだけに絞ると案外そんなに多くない気がします。あとは弦理論を学びながらいろいろ吸収していくというやり方もありではないでしょうか。とはいえ弦理論の教科書は軒並み分厚くしかも難解なものが多いので、その辺りをうまく伝えられればいいですね。
それからYoutubeについて。弦理論についてはいくつか解説動画をYouTube: 物理学帝国主義 - YouTube に載せていますが、ここんとこずっと休止中でした。こちらも近々再開したいと思ってスライド作成中です。
対面での双方向のやりとりでないと、いろいろと誤解や語弊が生じがちなので、何か分からないことや気づいたことがあればちょっとしたものでもコメント等いただけるとありがたいです。
弦理論1.3 ポリャコフ作用
NG作用は、世界面の面積と解釈できるため非常に分かりやすいが、について多項式的ではなく、扱いにくい形をしている:
また経路積分は、分配関数
を計算することで行われるため、NG作用の経路積分は面倒な処理を要求されることになる。 実は、古典論的にNG作用と完全に等価であって、より扱いやすい表式が存在する(量子化後は、臨界次元と呼ばれる特定の次元でのみ等価である)。
まずNG作用における手続きを整理すると、
という“定義”のもとで、
が成立する、というものだった(変分原理)。 はについての変分を表す。
ここで、 を、定義ではなくという関数に対する“拘束条件”と見るならば、上の手続きは
と作用に対して、
を課すことと完全に同等である(ラグランジュの未定乗数法)。
いまは未定乗数法の単なる係数だから完全に任意に決められるが、経路積分のためにはの項が消去されるように選ぶべきである。つまり、
となるようにを決めればよい。この式から、
と選ぶならば、の第一項と第二項が相殺して、
となることが分かるから、これを元に新しい作用を
と書くことができる。これはポリャコフ作用(以後P作用)と呼ばれる。
整理すると、
さてP作用はまさに、上で述べたようにの2次で書かれている。 また、P作用からは次のようにして容易にNG作用に戻ることができる。 まずからが言えるから、これをに代入すれば
ところでこの表式は、クラインゴルドン方程式を満たすスカラー場を思い出させる:
いま注意すべきなのは、P作用に質量項がないからと言って必ずしも弦がmasslessだとは限らないことである。弦の場合、その振動状態が弦の質量をダイナミカルに決定するので、初めから手で質量を与える必要がない(というか不可能だ)からである。
さてこれ以降、世界面上の計量といった場合は、誘導計量ではなく補助場のことを指すものとし、添字の上げ下げもを用いて行うこととする(いざとなれば、からいつでも の形に書き直すことができるので、特に問題はない)。
弦理論1.1 背景時空と世界面
D次元ミンコフスキー空間 における、ポアンカレ対称性を持った弦の古典論を考える。弦が掃く2次元面を世界面という。世界面上のパラメータを とする。世界面上の点はD次元空間では で記述される。当面、 を時間的、 を空間的なパラメータと考えることにするが、新たに というパラメータを用いても理論の物理的な内容は変わらず、作用は不変であると期待される。これをdiff不変性という(座標変換 が全単射かつ微分可能であり、逆写像も微分可能であるとき微分同相変換あるいはdiff変換という)。
世界面上の(誘導)計量を とする。添字の は に対応する。ここでは、添字にギリシャ文字を使う場合は背景時空、アルファベットを用いる場合は世界面上の座標を意味するとする。
世界面上の線素を二通りの方法で表すと
であるから、
が出る。これを誘導計量という。 これは世界面上の基底ベクトル と
の内積
と思ってもよい(いま平坦時空を考えているから、当然
である)。
歴史1
物理学に、力学や電磁気学、もっと進んで量子力学や相対性理論があるように、人間の歴史にも理論がある。素人から見ても、これは歴史学の標準模型と呼んでよいのではないかと思う。
素粒子物理学における標準模型の基本要素はクォークやレプトン、光子などの素粒子であり、それは質量とスピン(あと電荷とか色とか)で分類されるが、この歴史学の”標準模型“において基本要素と呼ぶべきものは家族であり(個人ではない)、そしてそれは家族内の縦と横の関係により分類される。縦とは親子関係のことであり、横とは兄弟関係のことである。
大雑把なモデルとして、次のような指標を用いる。まず親子関係を、“権威”か“自由”かで分類する。これは、成人した子がその後もその家に留まる(権威)か、家を出て別居するか(自由)で区別される。また兄弟関係は、“平等”か“不平等”で分類される。これは遺産相続が平等か否かで区別される。
これは非常に大雑把な議論であって、本当はもう少し細かく分けられるのだが、ともかく以上の分類を用いて世界地図を(権威,自由)×(平等,不平等)の4色で塗り分けることが出来る(これは歴史家の地道な資料集めにより可能になったことだ)。各類型に属する国を古今東西問わず挙げてみると
(1)権威かつ平等(共同体家族)…ロシア、中国、モンゴル、ベトナム、キューバ、旧ユーゴスラビア
(2)権威かつ不平等(直系家族)…日本、ドイツ、ユダヤ、アテネ
(3)自由かつ平等(平等主義核家族)…フランス
という感じになる。実はもうこの段階で、非常に面白い議論をいくつも展開することが可能になっている。抜粋して紹介しよう。
まず(1)は、以後共同体家族と呼ぶが、見るからに共産主義を思い出させる。上記の分類において指標とされたのは親子・兄弟間の関係だけであって、政治的な内容は一切考慮されていないにも拘らず、塗り分けられた世界地図には政治的な特徴が浮かび上がってきてしまうのである。これがこの理論の面白いところである。もちろんこれは決して偶然ではない。というのは、「強い政治的権力のもとで平等な国民」という共産主義の特徴は、「権威かつ平等、つまり強い親のもとでの兄弟間の平等」という(1)の家族の性質とそのまま重なるからである。注意すべきなのは、もともと共同体家族が根強い地域であったから、それと相性の良い共産主義思想が広く受け入れられたのであって、その逆ではない、ということである。実際、主義思想が掲げられる何百年も前から、この地域では共同体家族が広まっていたのである。
(2)は直系家族と呼ばれるもので、兄弟関係が平等的でない点で上の共同体家族と異なる。例えば、長男がすべての遺産(土地)を譲り受け家系を紡いでいくという習慣は長子相続と呼ばれ、日本でもよく知られたものである。直系家族が支配的な国や地域では、平等という観点に無頓着であること、縦型の身分階層が存在することなどが特徴的である。例を挙げるならば、インドのカースト制度、目上を敬えという古代中国の儒家思想、ユダヤ教における選民思想、ドイツで発生したプロテスタントによる予定説(神に救われる者は一部の人間のみであり、予め決まっていて抗えない)などはいずれも直系家族の特徴として典型的なものである。
(3)、(4)はいずれも核家族と呼ばれるもので、3世代以上で同居することはなく、一組の夫婦とその子供のみで構成される。成人後の子供がみな独立していくからである(それが“自由”の定義だ)。核家族地域では、上の共同体家族や直系家族と比べ工業化が促されやすい。成人後も子の一部あるいは全員がその家に留まる共同体家族・直系家族と違って、核家族では成人した子はその家から出て行くため、農村部から都市部への人口流入を妨げないからである。実際、産業革命はイギリスで起こった。ドイツではない。
しかし、平等という観点を巡って(3)の平等主義核家族と(4)の絶対核家族に分かれる。それぞれの主な国としてフランスとイギリスを挙げ、その対比で考えてみる。
フランスは自由と平等の国である。18世期に起きたフランス革命では自由と平等の両方が掲げられたし、それを起源として今でも「自由、平等、友愛」という標語が認められている。これはこの地域で、成人後の子がみな独立し、かつ兄弟間での遺産相続が平等的であるという家族の習慣に由来するからだ。
一方のイギリスは、自由という価値観は有するもののフランスほど平等にこだわってはいない。現にこの国の標語は「神と我が権利」であり、平等という言葉は見られない。イギリスでは、遺産相続の平等性は一般的ではないのである。
以上が、各類型の主な特徴である。今回は簡潔な紹介になってしまったが、この理論の底力はこんなものではない。惚れ惚れするほど凄まじい柔軟性を持つのである。
それはまたおいおい述べるとして、最後に参考文献を挙げておくと、
『世界の多様性』『新ヨーロッパ大全I,II』『家族システムの起源 上,下』
などである。